界面とイオンの関わる流体物理化学

 本研究室で取り組んでいるのは界面とイオンが主役を演じる流体物理化学です。 界面というのは相と相の境界のことで、界面の付近では並進対称性が破れるために、バルクとは異なる物性が現れます。 身の回りでは泡や水滴がまず思い浮かびます。 さらに界面がたくさんあるものとして、コロイド溶液や多孔質媒質があり、洗剤、フィルター、電池といった化学製品、牛乳、マヨネーズといった食品、ほかにも雲といった気象現象が研究の対象となります。 このように界面は大変身近な存在ですが、理論的な取り扱いはバルクより難しくなります。 有名な物理学者パウリは「バルクは神がつくったが、表面は悪魔がつくった」と言い残しているほどです。 特に、溶媒(主に水)にイオンが加わった電解質溶液の界面に関心を持っています。 どんなに純粋な水でも、水分子の自己解離によりイオンが僅かに溶けています。 海水はさまざまな塩を含んでいますし、水の循環において、雲・雨・土壌には必ずイオンが存在しています。 また、我々の血液や細胞はイオンを含んでいるだけでなく、イオンが生体機能の制御に重要な役目を担っています。
 イオンを含んだ水は導電体として振る舞うので、イオンは電荷密度としては界面に集積します。 また水を始めとする流体は、移流に伴う非線形現象だけでなく、イオンの濃度場、界面での相変化や境界条件、温度場などと複雑に影響を及ぼし合い、非常に魅力的な数々の美しい現象を生み出します。 手法としては実験室スケールの計測実験と物理学的な解析理論を両方用いて、計測データと理論予測を直接比較することを常に目標としています。 このように界面とイオンが主役を演じる流体現象を物理化学の視点から深く研究することで、新しいサイエンスを開拓することが本研究室のテーマです。 現在、以下の4つのテーマが研究室では進行しています。
1. 電解質溶液とコロイド系の物理化学
表面張力、界面動電現象、コロイド系の分散・凝集に興味を持っています。 これまでに電解質溶液の表面張力を塩濃度の関数としてプロットしたときに現れる極小(ジョーンズ・レイ効果)の起源を解明 [1] や、 水界面の帯電機構に関する研究 [2,3] に取り組んできました。 最近はW/Oエマルジョンの特異的な物性 [4] に関する研究を中心に取り組んでいます。

[1]. Y. Uematsu, D. J. Bonthuis, and R. R. Netz, J. Phys. Chem. Lett. 9, 189–193 (2018).
[2]. Y. Uematsu, D. J. Bonthuis, and R. R. Netz, Langmuir 36, 3645-3658 (2020).
[3]. Y. Uematsu, J. Phys. Condens. Matter 33, 423001 (2021).
[4]. Y. Uematsu and H. Ohshima, Langmuir 38, 4213-4221 (2022).
2. 膜輸送現象
高分子膜やカーボンナノチューブといったマイクロ・ナノスケールの細孔での輸送現象に興味を持っています。圧力駆動の流れだけでなく、電圧や浸透圧が駆動する複雑な流れに興味を持っています。 これまでに、カーボンナノチューブ中の電解質溶液のイオン伝導に対する閉じ込め効果 [5] や非線形界面動電現象 [6] の研究に取り組んでいました。 最近はこれらの計測に取り組んでいます。

[5]. Y. Uematsu, R. R. Netz, L. Bocquet, and D. J. Bonthuis, J. Phys. Chem. B 122, 2992-2997 (2018).
[6]. Y. Uematsu, Phys. Fluids 34, 122012 (2022).
3. 電気化学現象
電気化学ではコロイド系と異なり表面の電位を制御することが可能です。このことから、コロイド系では調べることが難しい界面構造の手がかりを得ることに興味を持っています。これまでに、電気二重層キャパシタンスにイオン吸着が与える影響 [7] や、混合溶媒における選択的吸着 [8] に関する研究に取り組みました。

[7]. Y. Uematsu, R. R. Netz, and D. J. Bonthuis, J. Phys. Condens. Matter 30, 064002 (2018).
[8]. H. Iwasaki, Y. Kimura, and Y. Uematsu, J. Phys. Chem. C 127, 23382-23389 (2023).
4. 相変化輸送現象
界面はまさに相変化や化学反応、溶解が起きる現場です。これらにより物質輸送が起き、界面自身が運動することに興味を持っています。 これまでに気泡分散系において溶存ガスの拡散が気泡径動力学を律速する動力学について研究をしました [9] 。 現在は、温度場や熱輸送が重要となる現象に興味を広げ研究しています。

[9]. S. Inoue, Y. Kimura, and Y. Uematsu, J. Chem. Phys. 157, 244704 (2022).